奈良 大和路を歩く
                                  
             2013.5.2~6

                                                  コースタイム
                                        一日目  自宅7:00→→奈良春日荘15:30  奈良公園散策
                             二日目  吉野山
                             三日目  山の辺の道(南コース)
                             四日目  明日香村散策 レンタサイクル
                                        五日目  
聖林寺・室生寺  昼食後 帰宅の途に   帰宅21:20

奈良・京都の紅葉狩に出かけ、奈良を自転車で廻った事があったが何年前だったろうか?
高松塚古墳、石舞台、鬼の雪隠が記憶に残っているだけだ。



一日目  (5月2日 15:30~18:30) 
奈良公園散策   15128歩



 
高速道は順調に、予定通りに奈良に到着。
部屋に荷物を置くとすぐにカメラのみ持参して奈良公園に
向かう。
宿泊先の前の道を真直ぐに東へ行くと
正面に転害門がある。

15:40  国宝 転害門(てがいもん)
天平時代に造られた当時の姿をそのままに残している。

大仏殿の西北に在り、吉祥の位置にあって
害を転ずる意味から転害門と呼ばれるようになったそうだ。
なーんだ、そっか・・・無知な私は帰宅してから悟ったのだ。



目を引いたのは転害門表側の西向きの南側の一本だけ木の節目がぼこぼこしている。

1300年前の職人は、木が育った環境に合わせて柱の向きを決めて、それが先行きのひずみを生まない秘訣になるのだそうだ。

よく陽が当たる南の面はよく成長するので当然枝もたくさん出て木材にしたときも節だらけになり、それを南側に使うことによって、陽射しが当たっても木材が弱らないという。なるほど、昔人の知恵に感心させられる。


転害門から更に奥に行くと古都の雰囲気が漂う
住宅地。

土塀に瓦が練りこんである。
時代を感じる土塀だ。
?? 耐震効果があるそうな・・・

中山道歩き以来、それとも齢がそう感じさせるのかな?
こんな古い道に何故か心が癒される。


二月堂

裏道から風情ある石畳の道を歩いて行くと
二月堂に出る。

夕方のせいか観光客が少なく境内をゆっくりと散策できた。

大仏殿、正倉院は今回はパスして
若草山へ向かった。


17:00  若草山

山頂へ(往復1時間)行きたかったが時間(17時まで)がなく断念した。

鹿の群れ・・・・・
奈良公園のシンボルの鹿、春日大社の神の使いとして
今も大切にされている。


興福寺 五重塔と東金堂

興福寺は、藤原氏の祖、藤原鎌足とその子息・藤原不比等が建てた寺。
現存の塔は、室町時代(1426年)に再建。
高さ50.1mは、東寺五重塔に次いで、2番目に高い塔。

奈良の代表的な観光名所だが
団体客の姿はなく、国宝の仏像が特別公開が開催されていたが残念だったが入館している時間がなかった。

ホテルに戻り夕食は7時半過ぎになった。


二日目 (5月3日 8:00~18:30)   
吉野山散策  23792歩

その昔、役行者はこの山の桜を神の化身として、ここを修験場の聖地としていた。
全山を覆う桜、吉野山は桜をご神木としている。
今日は吉野駅から奥千本までバスに乗車し帰路を歩いて下る予定だった。
ところが、 トイレに寄っている間に奥千本行のバスは
発車してしまった。
マイカー移動に慣れている我々は公共乗り物の時間を
気にすることがなく誠にロスタイムが多い。


10:25 近鉄吉野線で吉野へ。

バスは1時間に一本、仕方なく
ロープウェイで吉野山駅まで行き、
そこから中千本まで坂道をてくてくと歩く。
歩きなれた私は楽勝だったが、約一名がバテバテになって
一日大変だった。


10:45  金峯山神社・蔵王山

中千本からやっとバスに乗車し奥千本まで、
ここは帰りに寄ることにした。


途中で修験者や大きなザックを背負った若者に
何度か会った。

ザックの若者は皆、足早に過ぎてしまうので
行く先を聞けなかった。


奥千本を過ぎると道は西行庵へ向かう。
いにしえの歴史の匂いがプンプンするような小路に
私は満足だ。
 

11:50 義経隠れ塔 
義経もきっと周辺の桜にどれほどか
癒されたことだろう。


12:15  西行庵

辺りは新緑に包まれ、四季を通して美しい景色。

往時は踏み跡もないような山奥に三年間、
西行はここで何を考えていたのでしょか・・・・

松尾芭蕉は西行の歌心を慕って二度も訪れたとか。

タイムスリップしたような空間に我を忘れさせてくれる
ようだった。


13:15~13:40
葛城山展望台で持参のコンビニおにぎりを
食べて、下山は
吉野水分神社~竹林院~花矢倉~吉水神社
を経由してロープウェイ駅に下った。
 

13:50 吉野水分神社(よしのみくまり神社) 


同行の疲れ果てたおじいちゃんとおばあちゃんを(#^.^#)
置いて私は一人で細い参道から階段を降りて
吉水神社へ行ってきた。

15:22 吉水神社境内から眼下に新緑が眩しい。
サクラの時期はさぞや見応えがあったでしょう


吉野山はシャガの花盛り!
途中の山の斜面はサクラに変わりシャガの花の群落が
見事だった。

途中の茶店で黒蜜のくずきりを頂き、疲れた体に
グーだ。
 

15:30  金峯山神社 
往路にパスしたので帰りに立ち寄る。

サクラの時期を過ぎて、観光客が少なくて
静かな吉野山をゆっくりと歩けた。
 

何度か利用した近鉄の車両
車窓から 農村風景、平城宮・朱雀門などを
眺めたり、今日もホテルに戻ったのは夕方7時近くだった。


三日目  (5月4日)
山の辺の道(南コース)   37464歩


山の辺の道は古代に幹線道路として開かれた日本最古の道。
沿道に寺院や遺跡などが点在して途中の風景ものどかで美しいと、
今回一番期待出来る一日になりそう!
 

今日もホテルを8時出発
8:40 JR奈良駅
 古都を感じさせる造りです

ここから三輪駅まで電車

三輪駅から山の辺の道を天理駅まで歩く。
 

9:30 三輪駅で下車。
小さな駅だが大上神社へ参拝する人が多く
人混みに紛れて神社へ向かう。

大上神社
(おおみわじんじゃ
背後に聳える三輪山をご神体としているので
本殿がないという。

境内から三輪山へ上がる道があり、時間があれば山頂へ
行きたかった。(関西100名山)

酒の神様であるという、酒屋の杉玉は三輪山の杉で作られているとか。
 

中山道と同様、所々に標識があり
子供連れやカップル、グループなど賑やかな道中だ。 
 

雰囲気の良い道。
なるべく人を避けて静かに歩きたい。
我々は山もそうだが、追い越され隊だ。
 

11:10  檜原神社

三輪山の中にある磐座をご神体にしているので、
檜原神社には本殿はなく、拝殿もない。
大神神社では見えなかった三輪特有の「三輪鳥居」が
ある。
 

12:00~12:20  崇神天皇陵
 昼食と言っても、お弁当を買えなかったので
 リンゴ、バナナ、キウイで一時凌ぎだ。


12:50~13:40   長岳寺
  
鐘楼門、 仏像(阿弥陀三尊など 重要文化財

境内に約1000株の平戸つつじが咲き
境内は花見客で大賑わいだった。
     
 

やっとお腹の虫が満足できたという
長岳寺庫裡で頂いた名物「山の辺そうめん」 
 

広い長岳寺の12,000坪の広い境内、ここも私は一人急ぎ足で散策。
境内の小高い所に大石棺佛の前でちょうど居合わせた
カメラマンにシャッターをお願いした貴重な記念写真。 
 

14:20  竹ノ内環濠集落
 中世の大和では、外敵の侵入を防ぐため、
周りに濠をめぐらし、橋を出入口に掛けていた集落の
ことで、竹ノ内地区が一番有名だったらしいが濠の跡は
なく今は静かな住宅街になっていた。

山の辺の道から少し入ったところにあるため
訪れる人がいない。
 

15:15  石上神宮(いそのかみじんぐう)

境内に生息するニワトリは人気者のようです。

ニワトリはすでに『古事記』『日本書紀』に登場し、
暁に時を告げる鳥として、神聖視され、
神様のお使いともされています。
 


烏骨鶏やレグホンなどなど
あちらこちらで叫び声が・・・・・
 
 

最後は天理駅を目指すだけだ。
途中の天理大学、まるで一流ホテルようだ。 
 

16:00  JR天理駅 
またも待ち時間30分ほど・・・・・

ホテル到着は18:40
あー!疲れた!


四日目  (5月5日)  20354歩

平城宮跡、散策後
西大寺駅~近鉄乗車~岡寺駅へ

岡寺駅付近からレンタサイクルで明日香村周回
 
ホテルからタクシーで平城宮跡へ

8:25  平城宮跡

GWでイベントがあるらしく広い敷地内はたくさんのテントが張られて
仮設舞台では若い女の子のグループが声高らかにリハーサル真っ最中で賑やかだ。

   
朱雀門                           第一次大極殿
 

平城宮跡から徒歩で西大寺駅まで行き
近鉄に乗車し岡寺駅で下車。
岡寺駅から少し歩いてレンタサイクルで
明日香村の遺跡を巡る。

以前、孫から「おばあちゃん自転車に乗れるの!?
ほとんど車しか乗らないし、我が家に自転車が無いから
孫が驚くのは無理からぬ話だ。

事実、自転車は暫く乗った事がないから
内心はちょっと心配だった。

坂道もあるのでかなり体力を消耗する。
  
 

11:15  橘寺

聖徳太子誕生の地に太子自身が創建された
橘寺(たちばなてら)

これは太子堂と呼ばれいる本堂で、元々は講堂。
中に安置されている本尊は聖徳太子35歳の像(重文)で
太子の彫刻としては最も古い。
 

寺の境内に飛鳥時代の不思議な石造仏二面石
ある。背中合わせの二つの顔はそれぞれに
人の心の善悪を象徴しているそうで、左が善の顔、
右が悪の顔。

確かに人間は皆、善と悪の顔を持っている。
その比重がどうかかな?
 

12:15 亀形石造物 

大昔、水を使った祭典で水路として使った
のではないかと考える人もあるようで、
使用目的ははっきりしていないらしい。


この付近に変わった形の石が多い。酒船石。
前回、寄った鬼の雪隠、俎。猿石。
 

12:30  万葉文化館
広い庭内で今日の昼食は持参した柿の葉寿司。
グレ-プフルーツとリンゴ、キウイ。

館内の展示された万葉華模様を一時間以上拝観し
万葉劇場は「柿本人麻呂」の上演されていた。
観ているうちにコックリコックリ(-_-;)

額田王
あかねさす紫の行き標野行き野守は見ずや君が袖振る
私が中学生の時から好きな歌です。
そして何度か読んだ小説
『茜に燃ゆ 小説額田王』黒岩重吾 
『茜さす』永井路子
そして館内の喫茶でやっとあり付いたtoast&coffee
久しぶりのパンは美味しかった!!
 

15:10  飛鳥坐神社(あすかみますじんじゃ)
ここは縁結びの神様。
境内のあちこちに男女のシンボルを現陰陽石。
すべて自然石である。 
       
 

15:20  水遺跡
660年、中大兄皇子が民に時を知らせるために
設置した水時計。    
 

15:35  甘樫の丘
標高148mの、東西数百m、南北1kmほど広がる丘陵
この丘の中腹と麓に、蘇我蝦夷・入鹿親子の邸が
あったと言われているが、大化改新によって入鹿
が中大兄皇子に倒された直後、蝦夷はその邸に
火をかけて自害したといわれている

駐輪して丸太の階段を上って
山頂は大勢の人たちが展望を楽しんでいた。

甘樫の丘展望台から
手前が畝傍山、奥に霞んでいるのが二上山 
 

甘樫の丘から耳成山

どこの山を見ても心が和らぐのは何故だろうか。


5日目 (5月6日)  8037歩 
今日は最終日、ホテル(8:10)から車で移動
聖林寺、室生寺に寄り帰宅する
 

9:20  聖林寺(しょうりんじ)
奈良時代に創建と伝えられている


国宝十一面観世音菩薩立像
穏やかで美しい表情です



子安延命地蔵菩薩
子授け、安産で知られている


聖林寺へ寄った記憶が全く朧で、写真も撮らなかったとがっかりしていたのだが
携帯電話の写真に聖林寺の写真が3枚あった。
十一面観音菩薩の表情の美しさだけは覚えていた。


 
再び車で室生寺へ移動したのですが五日間の疲れでしょうか途中の道路状況も記憶にないって情けないですね。

10:30 高野山室生寺はシャクナゲの花で有名。

室生寺には、他に金堂(本尊は釈迦如来立像)、
本堂、弥勒堂、御影堂など、多くの国宝や重文といった
歴史的建造物が残されている。
  
 

 
厳しく女人を禁制してきた高野山に対し、女人の
済度をもはかる真言道場として女性の参詣を許した
ことから「女人高野」とも呼ばれている。

奥ノ院へ400段続く石段は息が切れてへとへとです。
 
 境内はシャクナゲの花が見ごろを迎えて
石段の脇は何処も花盛りだ。
    
 

    五重塔  
五重塔(天平時代・国宝)は、総高16.1mで屋外に建つ五重塔では最小のもの。
勾配が緩く軒の出の深い檜皮葺きの屋根は、朱塗りの柱や白壁と対照的だ。
1998年秋の台風7号によって大きな損傷を被ったが、2000年0月に修復された。

       
 

さすが古都・奈良ですね
和服姿の女性をあちらこちらで見かけました。

室生寺12:20~~~~21:20帰宅

我が家にピンクのシャクナゲがあるので、小さなシャクナゲ’(白)苗木を買ってきました。
我が家に帰ると赤い蕾の20数個のうちいくつか薄紅色の花が咲き始めていた。

帰路も高速道の渋滞はなく夜9時過ぎに我が家に無事到着した。
5日間があっという間に過ぎてしまった。
ホテルの食事はとても美味しくて毎回完食して体重は1,5kgも増えてしまった。

大和路を吹く風はシャクナゲと同じ薄紅色だった。

 Top

inserted by FC2 system