大和路を歩く NO7

2019.4.28〜5.3

           第一日目   4,28 移動日                                           4700歩
           第二日目   4.29 二条城・金閣寺・妙心寺                                22000歩
           第三日目   4.30 益田岩船石・卑弥呼コース・黒塚古墳展示館                    25500歩
           第四日目   5. 1 薬師寺・唐招提寺・平城宮跡                             21300歩
           第五日目   5. 2 興福寺・元興寺・東大寺盧舎那仏慶讃能見物・東大寺付近〜若草山散策  24600歩
           第六日目   5. 3 高松塚古墳・キトラ古墳   移動日                          8000歩
                              

今年のゴールデンウィークは平成から令和に元号が変わり10連休になった。
渋滞予報はあまり当てにならないが、例年渋滞に困ったことが無い。
                       そろそろ奈良の旅は終わりになるかもしれないと思いながら毎年出かけている。
出かける前に畑仕事や、いろいろ雑用があり、前日は疲れてしまい奈良を連日歩けるだろうか
不安でいっぱいだった。
                                      

      一日目  4月28日
        自宅7:00→東部湯の丸SA8:40→恵那峡SA12:00→大山田13:20 ランチタイム→亀山→天理→リガーレ16:15
        心配した渋滞はなくSA出ゆっくり休憩しながら目的地の奈良へ向かう。
        高速道から北アルプス、中央アルプス、南アルプスが真っ白に輝き
        里山の桜、桃のピンクが芽吹き始めた木々に綺麗だ。
        ホテルに到着は例年より大分遅くなった。いつもは到着後、転害門から二月堂まで散策するのだが
        今日は、夕食6時までゆっくりと入浴し、翌日の予定を決めたりした。
      二日目  4月29日    
         今日はちょっと奈良からはみ出して京都へ向かう。
         8:08 ホテル前からバスでJR奈良駅へ。8:28 みやこ路快速で京都
         まず、二条城
 

二条城は修学旅行以来何十年ぶりだ。
観光客が多く長蛇の列。辛抱強く並んで城内に入る。

徳川家康の栄枯盛衰と日本の歴史の移り変わりを見守ってきた
世界遺産の城です。
創建は家康、完成させたのは家光と言われています。

城内は撮影禁止なので、二の丸御殿の狩野探幽の障壁画、
15代将軍徳川慶喜が大政奉還の意志を表明した大広間に
関心があった。

境内の広い砂利道とうぐいす張りの廊下とは修学旅行を思い出した。
 
 

重要文化財唐門 
同時代の唐門の中では国内最大級といわれています。

多彩な欄間彫刻や飾金具によって装飾されており、
将軍の御殿としてふさわしく豪華絢爛な部屋に驚きです。


 
二の丸庭園
書院造り庭園で大広間、黒書院、行幸書院から観賞できるように
工夫されているそうです。
 

二条城全体は外堀によって守られ石垣と堀が美しい。

二条城前からバスで金閣寺に移動しますがバスが次から
次へやってきます。

今回は東日本のSuicaが利用できたので楽に移動できて良かった。
 


           
 金閣寺

門を一歩入ると豪華絢爛な金ぴかな寺院に惹きつかれます

正式名称を「鹿苑寺(ろくおんじ)」と言います。
舎利殿である金閣が最も有名であるため、一般的に「金閣寺」と呼ばれるようになったようです。

一層は寝殿造り法水院、、二層は武家づくりで潮音洞、三層は中国風
禅宗仏殿造りで三つの様式を調和させた室町時代の代表的な
建物です。

ここも外人さんの観光客で大賑わいです。
 

裏側から金閣寺


金閣寺の近くのうどん屋さんで(ちらし丼)昼食を済ませて
喧騒から逃れて次は妙心寺きぬかけの路を歩きます。
京都の目的はこの妙心寺だったのです。
途中に龍安寺、仁和寺があるのですがどこも賑やかそうなので
パスします(私は寄りたかったのですが、、、) 
 



     
 

妙心寺
花園上皇が離宮を禅寺に改めたのが始まりの京都を代表する
古刹の一つ。境内には50近くの塔頭があり,日本で一番多いとも
言われている。
 
仁和寺からちょっと道迷いをしながらやっとたどり着きました。
きぬかけにみちから北門を入れば早かったのかもしれないが
勉強不足で大回りして南総門から入り三門を過ぎた先に、重要文化財として指定されている仏殿があります。 

日本に存在する臨済宗の寺院約6,000のうち、半分以上の約3,500が
この妙心寺派で占められているそうです。
日本最大の禅寺です。

写経、御朱印を頂く方が順番を待っていました。

 
境内は広く観光客は少なく静かで京の寺らしくない荘厳な雰囲気でした。
大きな伽藍が並んで八方にらみの龍で有名な法堂。
    

 
 

私たちは法堂と庫裏が公開されていたので20名くらいで
ガイドに案内されて入ります。

本当は明智風呂と呼ばれる浴室を拝観したかったのだが、
3月で終了したらしかった。

重要文化財(雲龍図)
勿論、堂内は撮影禁止なので入場券を撮りました
法堂の天井には、8年の歳月を費やして描かれた狩野探幽の筆による雲龍図(うんりゅうず)
大迫力で迎えてくれた。
直径12mあり、龍の目は円相の中心に描かれるが、立つ位置、見る角度によって、
龍の表情や動きが変化するように見え、通称「八方にらみの龍」という。
妙心寺のパンフを撮影しました。
四方八方から、また寝転んだりして眺めてみました。
長椅子に横になって眺めていると、疲れたせいかとても良い気持になってきた。



また、堂内の隅にの鐘はかつてNHKの国宝梵鐘は昭和48年までは毎年「行く年来る年」の
冒頭を飾っていたが、これ以上撞くとヒビが入る可能性があるとされ今はその役目を
終え法堂の中に収納されている。
黄鐘調(おうじきちょう)と呼ばれ美しい音色だそうです
 
 

庫裏

一度に何百人もの食事を一度に調理、配膳することができます。
今日は浴室が見られなかったのですが庫裏が公開され見ることが
出来ました。

江戸時代1650年に建てられた重要文化財の庫裡です。
中を案内されましたが、食事を作る釜がいくつも並んでいて
煙を排出する柱などに工夫が考えられて有りました。



 
浴室 (明智風呂)

京都という街には、銭湯がたくさんあるだけでなくお風呂に関連する遺産も残っていて、その代表的なものが、このある『明智風呂』と呼ばれるものです。
今日は中を拝観できなくて残念でした。
この浴室が見られず、がっくりして残念だったのは大方丈や庭園を
見逃してしまったことでした。

花園駅から近鉄に乗車し奈良へ戻りました。

夜は柿の葉ずしを買って部屋で食べることにした。

 

         三日目  4月30日
                   卑弥呼の里コース・益田の岩船石
          
電車を乗り継ぎJR桜井線柳本駅で下車、卑弥呼の里を歩く。
 柳本駅を出て左折すると格子が綺麗な家並みがある。
人気のない細い道を行くと右の角に常夜灯と五智堂がある。
細い通りから国道169号線に出ると交通量が多く横断が大変だ。
オッと!その前にコンビニで昼食をゲットしなければならない。
以前、山の辺の道を歩いた際に失敗してお腹ぺkペコだったことがあった。


       


マップを見ると国道から右に入る所が迷いやすいとある。
注意しながら歩いたが、ちょっと来過ぎたようだったので
畑仕事の方に聞いてみると山辺のみちは知っているが卑弥呼の里コースは聞いたことが無いと言う。
仕方なく戻ってみると農道の国道から農道に入る道に案内板があった。

       
    迷いやすい道                 大和神社                 石仏が並ぶ昔道       


畦道を行くと、柿畑がありちょっと上り坂になった。
最古の神社  大和神社御旅所
なんだか御利益がありそうな歴史を感じる神社です。
平成最後の神頼み! 令和が日本そして世界が平和で良い時代になりますように・・・

神社から石畳の急坂を下って行くと一面の菜の花畑が・・・
群落の中にベンチとテーブルが待っていた。
さて、ここでゆっくり休憩しましょう
そよそよと吹く風が周囲のしっとりした景色と風の匂い、ウグイスの声、実に心地よかった。

衾みちを引手の山に  妹を置きて 山路を行けば 生けるともなし     柿本人麻呂
小さな案内板があった
(妻の屍を葬って山路を帰ってくると悲しくて生きた心地もないと・・・)

     

山路を行くと案内板があり、以前歩いた山の辺のみちに合流し、長学寺を過ぎて展望の良い丘に出た。
ここにもベンチがあり、ランチタイムにした。すぐ下に崇人天皇陵が、はるかに二上山が望めた。
二上山は2度登ったが、きっと今日も賑やかな山頂だろうな。
      

崇人天皇陵をめぐり込んで草地の道を行くとまたも169号を横断して鳥居をくぐり
伊射奈祇神社の境内裏に出た。
周囲には小さな古墳が沢山あった。さすが古都奈良です。
柳本小学校を越えると最終目的地黒塚古墳展示館に到着した。
       
            伊射奈祇神社                          黒塚古墳展示館 

黒塚古墳展示館
黒塚古墳(全長130m)は、4世紀初頭に作られた前方後円墳。
1998(平成10年)には、卑弥呼の鏡ともいわれる三角縁神獣鏡33面が
埋葬当時のまま出土しました。

1階では鉄器など黒塚古墳出土品のレプリカを展示して古墳時代の大和と黒塚古墳についてパネルで紹介、
2階では出土した三角縁神獣鏡33面、画文帯神獣鏡1面の精巧なレプリカを展示している
      
     三角縁神獣鏡           2階の展示場の三角縁神獣鏡      黒塚古墳石室レプリカ

中国から贈られた三角縁神獣鏡は中国には一つもないそうです
そのためか中国人が多く訪れているそうです


黒塚古墳

2回展示館を訪れたが、休館日で見られず今回は事前に確認して
やっと入館し、ボランティアガイドさんの説明で理解できた。
帰りに3度目の古墳散策し満足した卑弥呼の里コースが終了した。

柳本駅に戻り岡寺へ電車で移動し益田の岩船石へ行きます
小さな無人駅で駅を出ると道迷いになり
散歩していた老夫婦に聞いたりしてマンション街を抜けてると案内板があった。 


舗装された道から山道に入ると傾斜の山道に変わった。
杖が欲しいと思ったら、お供にどうぞ と1本の木の枝があったので
お借りして山道へ、、、久しぶりの山道はふるさとに戻ったような
爽快な気分になった。


益田の岩船石
山道を行くと竹林の中に大きな石が目に入った。
近くの子供たちがタケノコ採りをしていた。

 石の材質は花崗岩。その大きさは東西約11メートル、南北約8メートル、高さ約4.7メートルと巨大で、重量も800トンから900トンにのぼると
推定されています。
その存在は江戸時代にはすでに広く知られていたそうです。

いまだこの巨石が何故山の中にあるのか解明されてないそうです
古墳のほか、平安時代に造られた灌漑用の貯水池「益田池」の築造を記念して
弘法大師・空海が建立した石碑の台石、星占いをおこなうための天文台、ゾロアスター教徒のための
拝火台(松本清張『火の路』)などの説があるそうです。
巨石を登ってみたいと手がかり足がかりを探してみたけれど・・・
怪我してはと諦めました。
友人は昔訪れた時は周囲に木があり、その木に伝わって上がったそうです。

     


この岩から牽牛子塚古墳へ、、と案内標識が山道を覗いてみる
と踏み跡がしっかりして雰囲気が良さそうで引き込まれそうになったが
所要時間が分らず(-_-;)もし機会があればまだ訪れていない
牽牛子塚古墳からここまで是非歩きたい!!

来年は来られるかどうか?


     四日目   5月1日    薬師寺・唐招提寺・平城宮跡 
           今日は平成から令和に元号が変わる記念の日です。
           薬師寺の東塔が約110年ぶりに12年かけて進められてきた国宝・東塔の全面解体していて
                 この時期に工事現場を公開されていると、何か月前に
           ラジオ深夜便で混雑して並んでも見る価値があると聞いたので是非にみたいとホテルを早めに出た。
                     公開日   平成31年4月27日(土)〜5月6日
 

 金堂
薬師寺は、東大寺、興福寺、唐招提寺、法隆寺等と共に奈良を
代表する寺院の一つで、白鳳末期から奈良時代にかけての重要な
仏像、絵画、建築を複数があります。


天武天皇が病に臥せった皇后の鵜野讃良(うののさらら、後の持統天皇)の平癒を祈願して発願。その後、皇后は回復しますが、今度は天武天皇が病に倒れ、寺の完成を見ることなく崩御されます。亡き夫の遺志を受け継いで、妻である持統天皇が寺を完成させました。薬師寺は夫婦の愛が築いたお寺なのです

金堂の左の覆屋が東塔の修復している工事現場です。



西塔。金堂と同じ色使いで、朱が鮮やかです
東塔は今年完成の予定で、来年は奈良に来られたら再再度訪れてみたいと思います。

今回は東塔の工事現場からスロープを上がり東塔を側面から
また、上から眺めたいと思いました。
入館すると真っ先に東塔へ向かった。
入場整理券で約1時間待ちだった。
(10時15分の予定と言われ、その間境内を拝観できるから時間は気にならない)

その間、本尊の薬師三尊像は病気平癒の仏さまを拝観。
私の写経も寺のどこかに永久保存されているかと思うと心が癒される思いでした。
 
 
10:15分 いよいよ順番が来てヘルメットの着用を義務付けられた
緩やかなスロープをゆっくりと上がって眺めることが出来た
        

満足して工事現場東塔から出ると金堂で御即位慶讃祝祷法要会が行われると言うので
記念すべき御即位をお祝いしたいと参加することにしました。
     


 
御即位慶讃祝祷法要会
私たちの席は仏殿の横だったので読経の様子はわからなかったの
ですが 、数人の僧侶の姿が見られました。

滅多にない元号の変わる日に厳かな法要会に出席できて良い記念に
なりラッキーでした。
合唱の際は「どうか令和の年が安穏でありますように・・・」と祈らずに
いられませんでした。


疑問?
 読経中に僧侶が緑、黄などの丸い花びらのような色紙を
さーっとまき散らしたのです。私は2列目だったので拾えなくて
残念だなぁ・・・と、
前に座った方が拾って私にくれました。これってなんだろうか?
有難く我が家の御仏前に供えて有りますが、これは
散華(サンカもしくはサンゲ)といいます
仏さまの素晴らしさを讃え、天地は震動し、天からは珍妙華が雨の様に降ってきたと
(経典に)説かれていて、昔は生花を散らしていたそうです
 
そう言えば、色紙は蓮の花びらのようで中央に薬師寺と書かれてありました
財布に入れるお金が増えるとかタンスに入れると着物が増えるとか・・・
俗諺らしいですけど・・・
御仏前にお供えしておくことにします

唐招提寺 
 

薬師寺から徒歩10分位?で唐招提寺へ向かった

盧舎那仏像、薬師如来立像、千手観音立像等が安置されてある。
 
 

瓊花(けいか)
鑑真和上の御廟のそばと、御影堂供華園では、和上の故郷、中国揚州から送られた瓊花(けいか)の花が、小さな白い花を咲かせていました 

昨年より花が多かったようでした。 
 


昨年は慌ただしく参拝しただけだったのですが
今日は鑑真和上の 境内の北東の奥まった静かな場所に位置する
鑑真和上の墓所へ行きます

古めかしい土塀に沿って境内の奥に進んで行く。
 

苔むした木々の中は静寂で観光客が少なくなり
ほっとする空間です。

林床は苔が緑鮮やかだ。
苔の種類がとても多く、境内の片隅に松尾芭蕉の句碑がありました。

今月から古典講座松尾芭蕉「奥の細道」の講座が始まるので 
関心が深い。
 

開山御廟
境内の際奥に同時期の高僧の中では唯一、1250年の永きに亘って
参拝する人が途絶えないそうです。

唐招提寺から徒歩で川のほとりをてくてく・・・
お腹が空いてきたけれど、、、

やっと大通りにでるとココスがあり、ランチタイムにした。

更にてくてく・・・
平城宮跡に向かった。
 
平城宮跡
       
川のほとりをてくてく・・・・              平城宮遣唐使の船内を見学                朱雀門

平城宮跡歴史公園に到着した。

平成30年春に開業した平城宮跡歴史公園「朱雀門ひろば」の一角、遣唐使についての
解説コーナーなどが設けられた「天平うまし館」に隣接する位置に設けられている巨大な「船」であり、
かつて「遣唐使」を中国に運んだ「遣唐使船」を精巧に復原したものです
「甲板」の上に自由に上がって見学することが出来た。
有名な派遣者としては阿倍仲麻呂・ 吉備真備・太安万侶・山上憶良・最澄・空海といった人物が知られている。
天の原 ふりさけ見れば 春日なる三笠の山に 出し月かも    阿倍仲麻呂
百人一首でお馴染みの歌だ。
可哀想なのは阿倍仲麻呂は遣唐使として唐に渡り、帰国途中で船が難破し二度と日本に帰らなかった。
日本の歴史に多くの人々が命を落とし、今の日本があるのですね・・・

公園前からバスで近鉄奈良駅に向かって、いつもの奈良漬け山崎屋に寄り
ショッピングし、近くのお饅頭屋のよもぎ餅を頬張って猿沢の池まで散策。
  
 

17:20
猿沢の池

今夜の食事は外食の予定だったが、献立を決めるのに
迷って、適当なお店が見つからず、あちゃこちゃ歩き回り
居酒屋でお刺身を食べることが出来た。
が、、、ホテルに戻って、ビールと持参のワインをちょっとだけ。


 
 

     五日目   5月2日    興福寺・元興寺・東大寺盧舎那仏法要祭 


 
8:30 ホテル出発
てくてくと:::転害門に向かった。
毎年、初日ホテル到着後、転害門まで散歩するのだが今年は
到着も遅くなったが疲れもあり、今日寄ることにした。 
 

興福寺
阿修羅像に3度目のご対面
阿修羅は、仏法を守護する8人の神、八部衆の一人です                 
あの憂いを帯びた表情の秘密とは

阿修羅像は、“三面六臂(さんめんろっぴ)”の美少年のごときお姿。顔が3あり、腕が6本あるということだ。
3つある顔の全ては赤味を帯びた少年のような顔立ちです。
それぞれ表現される年頃も表情も微妙に違います
正面の顏が憂いや凜々しさなどが混ざったなんとも言いがたい表情が
私は勿論人々の心を惹きつけるでしょうか・・・

我が家の茶の間にも写真が置いてあります。
 

国宝館から出て昨年、完成した中金堂。 
中金堂の中に三尊と法相柱が見たかったが、まず今回の
まだ訪れていない元興寺へ急ぐ。
 

てくてくと・・・
元興寺(がんごうじ) 
数多い奈良の世界遺産の一つ元興寺がまだ訪れたことが無かったので今回は是非と仲間にお願いした。
東大寺、興福寺の近くながら訪れる人が少ない。
蘇我馬子が創建し日本最初の本格的な伽藍の仏教寺院で
壮大な歴史があります。
 

私が見たかったのは屋根瓦です。
再建された時、部材や屋根瓦の一部に飛鳥時代・奈良時代のものが
使用されており、かつての巨大寺院「元興寺」の唯一の面影を
示す貴重なものです。

鎌倉時代に改造されたかつての「僧坊」です飛鳥時代からの歴史を
持つ「日本最古の瓦」が現役で使用されている。

赤っぽくなっているのが飛鳥時代からの瓦だそうです。
 

境内の裏側に石仏がズラッと並んでいる。
双胎道祖神が多くあった。

寺を出ようとしたら「奈良町も見ましたか?
是非寄って行ってください」と声をかけられた。
 
 
ならまち散策・春日公園(11:35〜14:00)
元興寺を出て奈良町を散策していると昨年、探し回った酒蔵春鹿の前に出た。
ラッキー! 500円で5種類のお酒を飲める。
小さなグラスだが5杯の昼間の酒は利きが良い。
途中で、お口なおしの水を注いでいただけるが
しかも昼食前でお腹が減っているから、つまみの奈良漬けは一番最後だ。
すっかり良い気分(*^_^*)  令和の酒もあったみたい。
おみやげにグラスを頂ける。
帰宅後、ピンクのグラスで夜な夜なお酒を飲む癖になり一杯だけ頂いている。
ふと気が付いたのだがグラスの底に鹿の絵が浮かび出ていた。

    
 
昼食は途中のコンビニ調達のパンランチを春日山公園内で
やはりここは賑やかだ。盧舎那仏祭が始まるまで付近を散策。
   

   
門前の賑やかさ                      南大門


 
後方が東大寺大仏殿
鏡池水上舞楽台で、春日大社古楽保存会により舞楽が奉納される。
その後、慶讃能が奉納され、自由に見学できる。
2時頃鏡池に到着すると、能舞踊が始まっていた

  
木陰にシートを敷いて2時間見物
16:00 終了したので二月堂から若草山周辺をのんびりと散策
       
             二月堂              若草山(もう一度若草山を歩きたかったが入山時間の制限があるので我慢)                        
人混みにまぎれててくてくと・・・ホテルへ
     六日目   5月3日    高松塚古墳・キトラ古墳 
                   あっという間に今日は帰宅の日になった。車でホテルを出発し
              帰宅途中に飛鳥の里を廻り桜井の三輪そうめんを食べて家路の途につくことになった。
 

9:00  高松塚古墳
国営飛鳥歴史公園内高松塚周辺地区の東に位置する古墳。
豊かな自然と深い歴史を感じさせてくれます。
20年位前に訪れた時は発掘の為、周囲は整備されてなく
何もなったような記憶が有ります。

石室の壁画が有名で、特に色彩鮮やかな西壁の女子群像は、歴史の教科書などで見ています。
誰の墓か?古墳周辺は、飛鳥の地に宮殿を営んだ天武天皇にゆかりの深い墓域が広がっているので高松塚古墳は天武天皇の皇子の一人ではないかと・・・
近くに天武天皇と持統天皇の墓があり、訪れたことがり帰路に車で
通過しました。
 
 

飛鳥歴史公園館

高松塚壁画館
館内には、壁画発見当時の現状模写をはじめ、一部復元模写、
棺を納めていた石槨の原寸模型のほか、副葬されていた太刀装飾金具木棺金具、海獣葡萄鏡等のレプリカを展示してあります。
 
 

高松塚壁画館の入場券 

貴重な現物は一般公開されていないので館内の原寸大で色彩豊かな
模写模型を観覧できました。
それで十分満足だった。
館内は残念ながら何処も撮影禁止です。


さすが国営歴史公園です
良く整備されて遊歩道は自転車で廻るファミリー、若者が
気持ち良さそうな姿がありました。

飛鳥の空気を思う存分吸って今日は帰らなければならない。
いつの間にか私も仲間同様に古都奈良にどっぷり嵌ってきました。
 

10:45  キトラ古墳 
キトラ古墳へ車で4.5分移動する。

高松塚古墳に次ぐ我が国2例目の壁画古墳。
1983年の調査で石室内に極彩色壁画が発見されました。

少し古墳の規模は小さかったけれど墳丘に上がり
大和の景色を眺め、来年は来られるかどうか・・・
 

帰路はいつも通り桜井市の千寿亭へ
到着すると長蛇に列が途絶えない。
三色つけ汁のそうめん、美味い!! 

三輪そうめんに満足し天里ICから名阪道路を走り亀山ICから帰路は伊勢湾岸道路へ
渋滞が無くて快適に無事に我が家へ到着(21:40)

お疲れ様でした!
何となく7年目になってしまった奈良ですが、最初から7年続くと分っていたら
効率よくエリア別に回ったと思いますが、、、
これはこれで毎年、城、寺院、登山、歴史のみち、遺跡など組み合わせ
変化のある大和路になったと満足です。
来年はどうでしょうか・・・
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