中山道を歩く (その10)

                                板鼻宿~安中宿

                                                                 2012.3.18

27000歩

浜川P7:00→→群馬八幡駅7:20→板鼻宿~安中宿~13:30磯部駅14:03(信越本線)→
八幡駅→少林山達磨寺14:30~15:00   
    

今日は群馬八幡駅から松井田までの長い行程の予定だったが
途中から雨が降り出し磯部で断念した。
何せ、危なげな中高年グループが雨の中を傘をさして車道歩きは危険が大きい。


番外編

板鼻宿~安中宿~松井田宿
2012.5.23
32000歩

メンバーのNさん、Sさんがこのコースを都合で空抜いてしまったいた
私もこのコースの一部に不信があったので一緒に歩くことにした
追加部分は色分けで挿入します
3人と10数名では時間も行動も違い、疲れも違った。


前回は途中で雨になり磯部駅に退散したが
二回目の今日は晴天に恵まれ、予定通り西松井田駅まで頑張った



7:20  群馬八幡駅
川に集合して群馬八幡駅まで13人が2台の車に分乗。
八幡駅で2名と合流し歩き出した。

少林山達磨寺は天気がはっきりしないので帰路に八幡駅に
戻ってから車で行くことにした。

7:40  八幡八幡宮鳥居が右に大きく現われたが
社までは700m歩かなければならない。ここも省略し
パスすることにする。

板鼻宿
現在の群馬県安中市にあたる。
人口1,422人、総軒数312軒、本陣1、脇本陣1、旅籠54(天保14年(1843年))。
中山道上州七宿の中では最大級の宿場である。



碓氷川の「徒歩渡し」で知られる板鼻宿は増水で川止めになると
旅人が大勢逗留したので旅籠が多かった。
               



8:02 板鼻宿
信号
なんと分かりやすい信号でしょうか。
         
               榛名みち道標



7:43 寒念仏(かねつ)橋供養塔
寒念仏とは寒中30日間山野に出て声高く念仏を唱えること。
往時この辺りは強盗が出没する寂しい街道だったので旅人は
自然と急ぎ足になり寒い中でも汗を掻いたので寒熱橋と
名づけられたとか。


8:00 双対道祖神
可愛らしい男女が寄り添った道祖神。
この台座に様々な場所への距離が刻まれてあると言うが
私はそこまで気がつかなかった。


8:00 板鼻の町並み
古い家が軒を連ねている。
日本橋から離れに従い昔の中山道の匂いが
濃くなっていくようだ。 


8:08 旧本陣書院(皇女和宮宿泊所)
平日は内部が見学できる。
ところが、生憎く今日は日曜で休館日だったが2,3軒手前の
ところてん屋の主が通りかかり、内部の写真が我が家に
展示してあると案内してくれた。

今日も開館前で中を見ることが出来なかった


8:00  てうちん屋
江戸時代末期に造られた土蔵造りの建物。
入口の戸は防火対策のために土で作られた土戸で、
火事の際には隙間に味噌を塗りこんで火を除けたという。

本陣跡の隣にある花屋さん(現在)
前回は見過ごしてしまった。



8:08 ところてん屋サカイ

狭い店内には和宮のために用意された草履。
江戸時代の高札資料が展示されている。
宿泊した上段の間の床下の深く小さい空間に
高貴な方を守るために警護の伊賀者が潜んだ小部屋があるそうだ。


8:30 板鼻堰用水路
本陣跡付近を流れる用水路は水量が多く
水を庭に引き込み、魚の養殖をしている所もあるとか・・・・
用水路に古の街の風情が色濃く感じた。

また、清らかな川の流れに皇女和宮の面影が偲ばれるようでした。


板鼻堰用水路
碓氷川と九十九川の水を取り入れ、ここ安中市板鼻
高崎市八幡町、剣崎町、藤塚町、上豊岡町、中豊岡町、
下豊岡町を経て、烏川に流れこむ全長15kmの用水路。
今から約400年前の慶長年間(1596~1614年)に開削された。

2ヶ月を経過すると同じところでも木々の葉が多く茂り
木陰が涼しい。

この堰の両側の民家の庭先には生簀があった。
丁度、住人の姿があったのでお聞きしたら
以前は魚等を飼育していたが今は使われていないそうだ。


8:34 鷹ノ巣神社
国道と合流する手前に石碑が建っているが
神社が見当たらない。
目の前にそそりたつ崖上に鎮座しているらしい。

鷹ノ巣橋を渡るが昔は渡渉し、その場所は橋から5,60m上流だった
ようだ。


8:56 中山道道標
「中山道 安中宿1.2km 板鼻宿1.2km」とある。
所々にこの標識があって歩く励みになる 


8:57 道祖神
路傍のである。
集落の境やの中心、 村内と村外の境界やの辻、三叉路
などに主に石碑や石像の形態で祀られる神で 村の守り神、
子孫繁栄、近世では旅や交通安全の神として信仰されている。
古い時代のものは男女一対を象徴するものになっている。
餅つき(男女の性交を象徴する)などにもその痕跡が残る。


9:03 ひさよし橋
碓氷川に架かる橋。
橋の左手に公害で有名な東邦亜鉛工場が見えてきた。



9:03 そして前方に妙義山の奇峰が・・・・・

安中宿
宿の長さは400m、人口348人、本陣1軒、脇本陣2軒、旅籠17軒
宿場の規模は小さい。
JR東日本安中駅の真西方向、碓氷川九十九川に挟まれた台地上に安中宿があった。




9:20 安中宿下の木戸跡
ここから宿が始まる。


西廣寺


 
9:20~9:30 熊野神社 休憩
ここで休憩したが皆さんお腹が空いたらしく
えー!まだ食べるの?


9:43 安中の通り


9:48 安中宿本陣跡
ここから右へ曲がり、緩い坂を上がるとこのあたり一帯が
安中城址だ。

九十九川と碓氷川に挟まれた要害地にある三万石の城だ。


9:50~10:00 旧碓氷郡役所
見学料は無料なので拝見させていただく。


10:02 安中教会
役所の直ぐ先に教会がある。
群馬県で最初のキリスト教会、日本人の手によって創立した
最初のキリスト教会でもある。


9:34  大名小路
 


9:52 安中城址
安中小学校の校門左手にある石碑
永禄2年安中忠政により築城され同年6年に信玄によって落城。
一時廃城になっていたが、江戸時代慶長19年井伊直勝が再建、
その後、水野、堀田、板倉氏が城主になり明治まで続いた。
 


9:57  サカウエ薬局

10:10 安中藩郡奉行役宅
母屋は県内でも珍しい曲がり屋形式で素朴で重厚な
地方武家屋敷
の姿だ
平成5~6年に復元。


10:12 武家長屋
入場料は210円、先を急ぐので中へは入りません。


10:18  安中大木戸跡


10:45 丸田屋(和菓子)
ここのお菓子がお薦めとあったのでちょっと寄ってみた。
私はかりんとう饅頭を買い餡は3種類取り混ぜて貰った。
我が家に戻ってから食したが、本当に美味しかった。

メンバー達も次々に買い求め外で待っていると傍らに
質屋の看板、営業している?

かりんとう饅頭がとても美味しかったので
今日も丸田屋に寄りかりんと饅頭とイチゴ大福を買って
店内で休憩させていただきかりんとう饅頭にパクついた
イチゴ大福は冷凍になっているから40分くらいで食べごろになるとか・・・・

でも、これにどれ程助けられたか・・・・
昼食予定は前回と同じココスに入ってみたがNさんもSさんも食欲が無いらしく
メニューが気に入らないという。私はこってり目でもOKだったのだが
結局、お蕎麦屋さんを探したが、その先は食べるところが無く
小さな公園で食べごろになった大福が昼食代わりになった




10:45 安中大木戸跡

   
         便覧舎跡  (図書館)
     湯浅一郎設立 図書三千余無料で閲覧された。


10:55 新島 譲旧宅
中山道から左の路地をしばらく入り
新島襄旧宅へ向かった。
氏は京都の同志社を設立、西洋文化とキリスト教伝道に
力を注いだ。

再び中山道に戻る。


11:20 安中原市杉並木
中山道の街道沿いに植えられた杉並木で江戸時代中期に
北側に213本、南側に131本の合計341本あり、
天保15年(1844)には合計731本ありました。
当時は日光東照宮に通じる日光街道の杉並木に匹敵するとも
言われ昭和8年(1933)には国指定天然記念物にも指定されています。
その後、交通事情の変化から車の排ガスなどにより多くの杉が
枯渇し大木は数本残るのみで国指定も解除されました。
近年は若杉を植樹し当時の杉並木を復活させようとする努力が
なされています。

昼食は(11:40~12:25)お蕎麦屋さんとファミレス「COCOS」に分かれる。
私は翌日美味しい御蕎麦を友人と食べに行く予定なので
COCOS」へ、日替わりランチハンバーク定食903円 
全く美味しくないハンバークだった。


12:46 八本木旧立場茶屋

この辺りから雨がポツポツ降り出した。
気温は今日は17度くらいになると予想されたが
曇天のためか気温は上がらず肌寒さを感じる。

傘を出したり雨具を着用したり・・・・・・
ウム・・・危ない中高年集団、交通事故を心配し
予定を変更して磯辺駅から電車に乗車することにした。



12:35 原市高札場、明治天皇御少休所
12:40 真光寺
12:52 地蔵堂

12:48 道祖神 


13:20 休憩
中山道から左に入り愛妻橋で小休憩。


13:30 磯部駅
30分位待ち時間があったが、おしゃべりに夢中で
あっという間でした


14:25~15:00  少林山達磨寺 

日本の達磨が展示されてあったが達磨と言えばズングリムックリと思っていたのですが
三角のものや細長いものなど地方によって形が違うとは知らなんだ 
    

次回は磯部駅から歩き出すことになるが中山道に戻るまで約2km、行程は長くなるし
ちょっと大変です。


途中の双体道祖神
本当に仲睦まじいですね
    


次へ(松井田宿~坂本宿)

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